1 脊髄損傷とは?
(1) 交通事故などによって背骨に外力が加わると,背骨に保護されている脊髄が損傷し,手足が使えなくなる等の重大な障害を負うことがあります。受傷原因としては,交通事故が最も多く,全体の約35.6%であり,その他は転倒事故や転落事故が続いています。まず,脊髄とは,脳から背骨の中を通って伸びている太い神経の束と考えて下さい。脊髄は脳からの命令を身体の各部に伝えたり,逆に体の各部からの痛覚や触覚などの情報を脳に伝えたりする重要な役割があります。そして,脊髄それ自体は非常に柔らかいものなので,背骨によって守られています。
(2) 脊椎の「椎」は骨を,脊髄の「髄」は神経を意味します。脊椎・脊髄は,33個の骨が椎間板をはさんで,脳からおしりの部分までずっとつながっています。つまり,脳からおしりまでつながっている背骨全体のことを脊椎といい,その中にある神経を脊髄,そして,首の部分の背骨・神経を頚椎・頚髄,その下の胸の部分の背骨・神経を胸椎・胸髄,腰の部分の背骨・神経を腰椎・腰髄,腰の下の部分背骨・神経を仙椎・仙髄と言います。
(3) 頚椎損傷というと首の骨の骨折や脱臼のことを言います。頚髄損傷といえば,頚椎の中にある神経が損傷された場合をいいます。中心性頚髄損傷というのは,頚髄の外側は何でもないけれども,その中身の部分に損傷がある場合をいいます。同様に,胸椎損傷は,胸の部分の背骨が骨折や脱臼した場合,胸髄損傷は胸椎の中の神経を損傷した場合をいいます。腰椎損傷は腰の部分の背骨が骨折や脱臼した場合をいい,腰髄損傷は,腰椎の中の神経が損傷した場合をいいます。これらをまとめて,脊椎損傷や脊髄損傷といいます。
(4) そして,脊髄損傷は,その損傷の度合いによって「完全損傷」と「不全損傷」に分かれます。完全に神経が途切れ,脳から損傷部以下の身体の部位に伝わる全ての信号を遮断する場合が完全損傷,神経が部分的に途切れるため,損傷した部位以下でもある程度の感覚や運動機能が残る場合が不全損傷といいます。
2 脊髄を損傷した場合に発生する症状
運動機能,感覚機能,自立神経系,排せつ機能など様々な障害が生じます。一般に損傷した部位が上になる程,障害が重くなるといわれています。脊髄が損傷されると,その生涯された部位より下へ脳からの指令が伝わらなくなり,また下からの信号が脳へ伝われなくなります。そのため運動麻痺,感覚障害,知覚麻痺,自律神経障害,排尿障害,腸管障害,排便障害,自律神経障害,体温機能調節障害などのさまざまな障害が生じます。
(1) 頸髄の損傷
頸髄損傷は,前述の障害のほかに,四肢の麻痺が起こります。さらに,心肺機能(呼吸)や自律神経機能(血圧の反応など)の低下が重大です。また,頸髄損傷者はくしゃみやせきが困難になるため,のどを詰まらせないように注意が必要です。特に第4頸椎より高位の損傷では嚥下に障害が出るため,飲み込む動作が不自由になります。誤嚥しやすくなり,誤嚥性肺炎の原因になりかねませんので,注意が必要です。さらに,第3頸椎より高位に損傷がある場合,横隔膜にマヒが起こり,自発呼吸ができなくなるため,人工呼吸器が必要となります。
(2) 胸髄の損傷
胸髄を損傷すると,上肢の機能は健全のままですが,主に下半身に麻痺が起こります。
特に,排便・排尿機能に対する影響がでます。排便・排尿機能を損なうと,便秘,下痢,水様便,便失禁(肛門括約筋不全),尿失禁,尿漏れ,多尿症,尿意切迫などの症状が発生します。
第8胸椎より上側の場合,内臓機能不全等を伴う体幹麻痺や,腹筋・背筋の麻痺等が生じることがあります。内臓機能不全に陥ると,消化機能に影響がでます。たとえば,胃酸過多,吸収不良,尿管麻痺,腸閉塞,胆汁分泌低下などがあります。
さらに,第5胸椎より上側の損傷では,発汗体温調整機能不全を併発します。この場合,体温の維持機能に障害が出て,低体温や高体温になります。
(3) 腰髄の損傷
基本的に,腰髄損傷による上半身への影響はありませんが,下肢麻痺などの運動機能障害と知覚障害を生じます。対麻痺といって,左右対称に現れることが特徴です。
対麻痺の松葉杖歩行は,骨折などで一時的に松葉杖を使う場合と大きく異なります。骨折の場合の松葉杖歩行では,健全な下肢と胴体で体を支えることができますが,対麻痺では,上肢だけで身体を支えなければいけません。
腰髄損傷では,思い通りに動かせなくなる運動麻痺と,触った感覚や痛みを感じないという知覚障害が同時に起こります。さらに,膀胱麻痺による排尿障害が起こり,ここから種々の合併症が出ることもあります。また,内臓の機能も低下することがあります。
(4) 仙髄の損傷
仙髄は,排尿や排便,性機能に係る骨盤神経とつながっています。仙髄を損傷した場合,排せつや勃起などの機能に支障をきたします。仙髄を損傷した場合,頻尿や排尿困難といった障害が残ることが多いといえます。仙髄の損傷によって,排便機能障害が発生することがあります。排便時に重要な肛門括約筋が麻痺しており,更に便意を感じないため,通常の排便は望めません。
仙髄を損傷した場合には性機能障害が発生することがあります。脊髄完全麻痺である場合,性器の感覚は失われますので勃起機能も残りません。受傷後において,性器に感覚が残っている場合には,勃起機能が回復する可能性もありますが,感覚が全くない場合には回復の見込みはゼロに近いと言われています。受傷による変化は,男性の場合は勃起や射精に現れます。
3 脊髄損傷の診断
(1) 脊髄損傷の診断
交通事故によって脊髄損傷が疑われる場合,加害者側に損害賠償請求の可能性がありますので,後遺障害認定を受ける必要が生じます。後遺障害認定では,自覚症状や画像所見,神経学的所見などが必要となります。
医師に適正な後遺障害診断書を作成してもらうためには,適正な検査を受ける必要があります。脊髄損傷の診断には,神経学的診断や画像診断,電気生理学的検査などが利用されます。
(2) 神経学的検査
脊髄損傷では,上肢や下肢に麻痺などの神経症状が現れます。神経学的検査は,このような症状の原因を確認するために行われます。この検査によって,障害のある神経根や脊髄のレベルが分かります。上肢・体幹・下肢の知覚障害,筋力麻痺の範囲,腱反射の異常などから脊髄損傷の起きている範囲と程度を調べます。具体的には,四肢の動きや感覚障害の有無・レベルの検査,深部腱反射,膀胱や肛門括約筋機能などの検査を行い,脊髄や神経根の損傷による麻痺の有無・程度を確認します。
(3) 画像診断
骨の障害や脱臼がある場合,まずXP検査(いわゆるレントゲン)によって傷害部位を診断します。そして,必要に応じてCT検査やMRI等の検査が行われます。
(4) 電気生理学的検査
脊髄損傷の診断法として,脳・脊髄誘発電位,筋電図といった電気生理学的検査が行われることがあります。神経刺激による異常を観測し,脊髄の病巣の有無・部位などを確認します。胸痛を訴える場合には心電図,また脳の損傷と識別するために脳波等の検査が行われることがあります。筋電図は神経や筋肉の障害を電磁的に検査することが可能です。
4 脊髄損傷の治療
(1) 脊髄損傷の治療
脊髄自体に対する治療は未だ研究途上で,根本的な治療法は確立していません。脊髄は,骨や皮膚とは異なり再生能力の乏しい組織ですので,完全に損傷された場合,再び修復されることは現時点では難しいと言えます。
急性期の治療は,損傷した脊椎を修復し,安定させることを目的としており,早期にリハビリテーションが受けられるようにすることが主体となります。現在行われている脊髄損傷の治療法は,大きく分けて,手術による治療と保存的治療があります。
(2) 手術による治療
脊髄損傷に対する手術治療は,大きく分けて神経除圧術と脊髄固定術があります。神経除圧術とは,外傷によって圧迫された脊髄への圧力を取り除く手術です。通常,神経除圧術を行うと,痛みや麻痺などを緩和することができます。除圧だけでは症状が再発する可能性がある場合や,脱臼して脊椎が不安定な場合,脊髄固定術が施行されます。本人の骨盤などから骨をとって脊髄に骨を移植し,金属を使って脊椎を固定します。
これらの治療は脊髄の更なる損傷を防止し,症状を軽減させることを目的としており,神経そのものを直接回復させることはできません。また,麻痺などの回復の程度は,受傷時に脊髄が受けた損傷の程度に大きく影響されます。
(3) 保存的治療
保存的治療とは,手術以外のすべての治療法のことを指します。保存的治療としては,原因や損傷の程度によっても異なりますが,まずは比較的効果の高い薬物療法が施行されることが多いようです。薬物療法によって改善が不十分な場合には,注射療法や理学療法を組み合わせます。運動療法は症状の回復期,合併症や併発症の予防として行われます。具体的には,頸部を安定させるための筋力強化,軟部組織の拘縮を和らげるストレッチなどです。保存的治療でも症状が改善されない場合は手術が必要になります。
5 脊髄損傷のリハビリテーション
脊髄損傷のリハビリテーションは,失われた機能を回復させることではありません。現在の医学では神経が再生しない以上,現在の医学では回復させることはできないからです。頸髄損傷のリハビリテーションでは,残された機能を最大限に生かし,可能な限り日常生活動作を自立させていくということが目的となります。
6 脊髄損傷の介護のポイント
(1)排便管理
排便をコントロールするために,決まった時間に便座に腰掛けること,規則正しい食事,適度の運動,腹部マッサージ,十分な水分摂取,繊維成分の多い食物の摂取などが大切だと言われています。
排便管理としては,緩下剤(便を柔らかくする)と座薬(大腸を刺激する)を使用したり,さらに摘便を併用することがあるようです。また,排便管理と共に重要なのが,肛門周囲を清潔に保つことです。肛門が汚れたままの状態ですと,うっ血が起こったり,かゆみや痛みの原因になったりします。
(2)呼吸器の管理
呼吸のための筋肉が麻痺している場合,吸収する力が弱かったり,咳や痰を出すことが難しくなります。また,肺そのものの機能も悪くなるため痰が多くなり,痰がとどまると感染や肺炎を起こしやすくなるため,呼吸器の管理は特に大切になります。
(3)排尿管理
脊髄損傷者のほとんどは,損傷の程度に関係なく何らかの排尿機構について問題を抱えているといわれています。麻痺した膀胱にある程度の緊張を周期的に与えることは機能回復上重要であると考えられ,排尿練習は早期にはじめるのが望ましいといわれています。排尿方法は,損傷程度によって異なりますが,用手排尿(介助者の手によって腹圧を高め排尿を促す方法)あるいは自己導尿(自分で尿道からカテーテルを入れて膀胱に溜まった尿を出す方法)などがあります。
できるだけカテーテルは使わない方が尿道や前立腺の合併症を防止できるともいわれています。腎臓や膀胱結石等の尿路合併症を予防することが大切といわれています。
(4)褥瘡(じょくそう)予防
褥瘡とは,骨の突出した部位など局所が持続的に圧迫されて血行が阻害されることによって,皮膚と皮下組織に虚血性変化や壊死が起こり,皮膚潰痬などが生じる状態をいいます。床ずれ(とこずれ)とも呼ばれています。
脊髄損傷患者の多くは,自身で身体を動かすことが困難なので,褥瘡が起こりやすい状態にあります。定期的に十分な体位変換を行う必要があります。局所の持続的圧迫以外の褥瘡発生の原因として,栄養状態の悪化,血圧の低下などがあります。ですので,褥瘡予防のためには,皮膚面の保湿と保清,栄養管理も重要であると考えられています。
(5)循環器の管理
頸髄損傷の場合は,自律神経障害や筋肉の弛緩により血圧や血流にも影響があります。ずっとねたきりだと循環血液量がどんどん低下していきますので,可動域訓練などのリハビリに積極的に励むなど日頃から運動するようにしましょう。運動によって循環血液量は増えていきます。血栓の防止のためにも,運動により血流を確保することが大切です。
7 脊髄損傷と住宅の改造
(1) 住宅改造の考え方
車いすを使う生活の場合は,従来の日本家屋のような段差のある室内は使いにくいため,被害者の日常生活の自立の妨げとなる場合や,介護者の負担を増大させるケースがみられます。住宅改造で基本的に行うことは,段差の解消や手すりの設置,居室から廊下,トイレ,浴室までをバリアフリーにすることが必要となります。
(2) 身体精神機能の把握
身体機能の中でも,移動能力がどの程度あるのか確認することが大切です。一人で歩けるのか,伝い歩きが可能なのか,杖を用いれば歩行可能なのか,車いすでの移動になるのか,つかれているときはどうか等も踏まえて,確認しましょう。
また,高齢者の身体機能は,加齢とともに低下することを考慮しておく必要があります。将来の日常生活のクオリティを保つためにも,将来の身体機能の低下を見据えた工事を行う必要があります。
(3) 経済面の手当
家屋改造には,高額な費用がかかります。交通事故を原因とする脊髄損傷においては,加害者の責任の程度に応じて損害賠償請求をすることが可能になり,その損害の中には,家屋を改造する費用も,事故との因果関係が認められる限りは請求することができますので,最終的には費用負担についてはそれほど心配する必要のないケースが多いと言えます。
しかし,特に,脊髄損傷で家屋を改造することが必要な重い後遺障害が残存するような事案においては,交通事故発生から最終的な賠償金の解決に至るまで,2,3年かかることも通常であり,家屋改造を先にする場合には,費用の手当を考える必要があります。
(4) 具体的な改造ポイント
A. スロープの設置
従来の日本の家屋は段差が多く,段差の解消は,家屋改造における重要なポイントです。比較的小さな段差である敷居には楔形の板を設置したり,床面を上げることで解消できます。外から家の中に車いすで入るためには,スロープ等を設置します。
また,廊下は車いすが通ることのできる幅を設けるだけでなく,方向転換等ができるスペースを設けると良いでしょう。
B.手すりの取り付け
手すりは,立ち上がり,しゃがむ動作,歩行等の動作を用意にすること,転倒事故を防ぐことに非常に役立ちます。座位から立ち上がるときには,立ち上がった状態でおしりの横で触れる骨の高さと,40cmから50cm前方で支えるように手すりを取り付けます。
C.トイレ
排泄の回数が増えるので,すぐにスムーズにトイレまで移動できるような工夫が必要です。たとえば,廊下の段差をなくし,狭い通路があれば車いすが通れる幅にリフォームします。
トイレには手すりをつけると安心です。トイレのドアは,車いすのまま入ることが出来る幅を確保します。トイレ内で方向転換できるようなスペースを設け,車いすから移動しやすいよう,便座の高さは車いすの高さと合わせます。便器の周囲に台を設置したり,頑丈な手すりを設置するなどして,安全を確保しましょう。
D.浴室
浴室のリフォームは次の点がポイントです。
・洗い場を広くする。
・浴槽と洗い場には横方向だけでなく縦方向にも手すりをつける。
・ドア口を広くする。
・洗い場には楽な姿勢で洗えるよう,洗面台とベンチを取り付ける。
その他,必要に応じ浴室暖房やリフトの設置をすることもあります。浴室の広さ,浴槽の向きや高さ,洗平の高さなどは,体を洗う姿勢と移乗方法により決定します。いすや台,手すりを設置することで,自力で入浴できるようになる可能性が高まります。自分で浴槽に出入りすることが難しい場合は,昇降機やリフトを使用します。
8 脊髄損傷は治るのか?
脊髄損傷を負った人が一番気になることが「脊髄損傷は良くなるのか」「治るのか」と言う点にあると思います。
従来は,脳や脊髄という中枢神経系はいちど損傷を受けると再生 しないと考えられてきました。つまり,治る可能性はないと考えられてきました。しかしながら,近年では,中枢神経も再生能力があることがわかり,脊髄の再生に向けられた努力がなされています。すでに臨床治験に進んでいる研究もあり,将来的には脊髄損傷もなおるものになる可能性は十分にあると思います。
現状では,事故前と同様に回復するのは先の話になりますが,どうか,希望を捨てずにリハビリ等をしていただくことを願ってやみません。
9 脊髄損傷の被害者に役立つ制度等
(1) 身体障害者手帳の交付
脊髄損傷者の場合は,上肢,下肢,体幹機能障害等で身体障害者手帳の交付を受けることができます。身体障害者手帳の交付を受けると,車いすや電動車いすなどの補装具のきゅうふをうけることができたりします。
(2) 自動車運転免許取得に際して,助成の制度があります。
(3) 身体障害者1ないし2級の場合,障害者控除として40万円の所得税控除があり,また,住民税の障害者控除があります。
(4) その他に,JRの運賃割引,航空運賃割引,有料道路通行料金割引,NHK放送受信料の減免等のサービスがあります。
10 脊髄損傷と後遺障害等級
(1) 脊髄損傷による後遺障害は,原則として身体的所見及びMRI,CT等によって裏付けることのできる麻痺の範囲と程度により障害等級を認定することとなります。
(2) 脊髄損傷の場合は,広範囲にわたる感覚障害や尿路障害などの腹部臓器の障害が認められたり,せき柱の変形や運動障害が認められることも多い。これらの障害が麻痺により判断される障害の等級よりも重い場合は,それらの障害の総合評価により等級が認定されることになります。
(3) 脊髄損傷による障害が3級以上に該当する場合は,介護の要否や程度を踏まえて判断されることになります。
(4) 馬尾神経損傷も脊髄損傷に含まれる。
(5) 脊髄損傷の後遺障害等級は,その程度に応じて,
別表 ・第1の第1級1号
・第1の第2級1号
・第2の第3級3号
・第2の第5級2号
・第2の第7級4号
・第2の第9級10号
・第2の第12級13号
に該当する可能性があります。なお,別表第1とは,介護を要する場合に該当します。